絵心はどんな仕事でも役に立つからガンガン練習しようぜ

絵心はどんな仕事でも役に立つからガンガン練習しようぜ

「将来は絵を描く関係の仕事に就けたら…」なんてちょっと不安に思いながらがんばっているこれからの人が、もしこの文章を読むことがあるなら、今できる努力は惜しまないで大丈夫だと伝えたいです。

努力が実ってそういう職業に就くことができればもちろん素晴らしいし、就けなかったとしても、絵心があること、それに伴う技術があることは、どんな環境にいても無駄にはならないという、現在プログラマである、私の持論です。


絵が描けるというのは、センスも大事かもしれませんが、理論による部分が大きいものだと私は思っています。

デフォルメやすっきりしたものを描くには、それの元となる複雑な構造を理解していないと描けないということ。なんとなく「いいな」と感じるデザインには、そこにあるひとつひとつの要素や配置に、それをデザインした人の意図がぎっしり詰まっていること。感覚的なようでいて、分析してみるとほとんどが理論的な裏付けがあるものです。

絵を描くことに興味があるのなら、そういった理論部分の知識と、それを実現させるための技術、特に今の時代ならPCを使って絵を描く・画像を扱う技術を総体的に習得しておくと、社会に出てから本当に役に立つと、私は思うのです。

漫画家やイラストレーター、デザイナーのような専門の職業じゃなくても、習得したその技術が副次的に役に立つことは本当に多いです。

 

私は中学くらいから絵を描きはじめて、学生時代は結構描いてきたつもりですが、職業はプログラマです。絵を描くことに関しては、本やネットで独学で勉強をしてきただけで、教育機関などで受講したこともありません。アナログでもデジタルでも個人的にいろいろ作ってきましたが、結果的には「PCが好きでちょっと絵心がある」という、ただそれだけです。

それでも、その知識と技術にはずっと助けられてきました。

アルバイト時代は店内外のPOPを描かせてもらったり、社会人になってからは、資料ひとつとっても「どう配置したら見栄え良くなるのか」ということがわかるし、ちょっとしたものならだいたい作れるので喜ばれます。会社で名刺や看板などを発注するときなどにも、画像形式やdpi、CMYKなどの知識があれば、業者さんにかけるご迷惑が少ないし、会社のロゴをaiデータで用意できたりします。

自分で言うのものなんですが、会社にひとりこういう人間がいるのは、結構便利なんじゃないかと思っているんです。特に私のいる田舎の非IT業界などでは、他にそういうことができる人が少ないのでとても重宝され、産休育休の後も戻りやすかったです。

会社勤めしていなかったとしても、長女の卒園式後の謝恩会の実行委員長になっていて、そこで配布する進行表や席次表の作成、思い出ビデオには動画編集スキルまで総動員です。(「絵」とひとくくりにするには範囲が広くなってきていますが、路線は同じかなと思っているので…。)

 

そして何より、このブログを通じて、本を書くお仕事をいただくことができました。

本の企画と私がブログで公開していた内容が偶然一致し、運よく声をかけていただいただけなのですが、絵が描けて、イラレが使える(という記事も公開していた)のが良かったようです。

確かに文も絵も自分で用意できればそれだけ時間も短くて済むだろうし、イラストレーターさんを雇うぶんの経費は節約できるのだろうと思ったら、時間やお金はたいした問題ではないらしいのです。

イラストレーターさんに絵をつけてもらうのにも、まずは著者がイメージを伝えるための概念を絵に起こさなければならないらしく、絵心がなければここでドンピシャなものが描けないかもしれません。それを(当たり前だけど)プログラミングが本業ではないイラストレーターさんに綺麗に描き直してもらっても、どうにもピントのズレたものになってしまうこともあるのだとか。

コードも文章もイラストも、どれも拙いものかもしれないけれど、それでもこんなお仕事をいただくことができたのです。あの頃のがむしゃらな努力は決して無駄ではなかったのだと、中学、高校時代の自分に伝えてあげたいと思いました。

 

もちろん、職業としてデザイナーやイラストレーターをやっている方に到底敵うものではありません。シビアな第一線でものを作っている方たちなのですから、経験値が全然違います。

しかし、かじっていたおかげでああいう仕事がいかに難しいのか、ああいう人たちがいかに凄いのかということを理解することはできます。日常的に見かけるものに、「このデザインは素敵だなぁ」「これを作った人は凄いなぁ」なんて感動できるのです。どれをとっても、私は、絵を描いてきたことにデメリットを感じていません。

 

今は本当に良い時代だと思います。パソコンとインターネット環境があれば、勉強はいくらでもできるんですから。

ただ、お絵かきのソフトは学割だと本当にほんとーーにお得なので、可能であれば学生のうちに有名どころを買って操作を覚えておくことを、強くお勧めしたいです。個人的にはPhotoshopとIllustratorは仕事で大活躍しています。非IT企業でもこんなにイラレが役に立つとは思っていなくて、習得しておいて本当に良かったと思っています。

あと、意外と手描きが喜ばれる場面もあるので、「PCじゃないと描けない」よりは、アナログスキルもあると、より可能性は広がるかも。

 

本記事のタイトルは「絵」と括ってしまっていますが、とりあえず「なんでもやっとけ!!!」と思っています。

役に立っているスキルのベースは、ほとんどが中高の黒歴史時代に習得したものですし、今は一般受けしそうなアッサリした絵を心がけていますが、これもあのオタク時代のコッテリしたイラストを量産してた過去があるから描けるというもの。黒歴史時代は熱量がハンパないので、そのときに吸収したものは人生の糧になります。人の迷惑にならないことなら、なんでもやってみましょう!

ただ、後で死ぬほど恥ずかしくなるかもしれないので、匿名性を保ってやっておくと安心です。私が中高生の頃にまだネットがそんなに普及してなくて本当に良かったなと!!!(あのころは実名とか住所とかとてもオープンな時代でした…)

 

でも、今の若い人はpixivとかtwitterとかでいっぱい絵で交流できて楽しそうだなと思います。そこで出会えた人とは学校の友達よりも仲良くなれるかもしれないし、同じ趣味で深く語り合えるのって、いいですよね。

全然別業界にいる個人の駄文でしたが、これから人生を切り開いていく人の、ちょっとした読み物になれたらと思った、2016の年末でした。

よいお年をお過ごしください。

 

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本文は以上です。ここからは、自分語り。今までにどんな経緯でどんなものを作ってきたのかということを思い出しながら。現在とはデジタル環境も違うし黒歴史満載なので興味のある方だけどうぞ。

 

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私が絵を描き始めたのは中学1年生くらいからでした。それまでも漫画は好きでしたが、たまたま読んだライトノベル(魔術士オーフェンシリーズ)にドがつくほどハマりこみ、青春をすべてぶっこんだと自負しています。

挿絵を描いていた草河遊也さんというイラストレーターさんの絵が好きで好きで、絵を描いてみたい、と思いました。でも、当然ながら全然描けなくて、どうしていいかもさっぱりわからなくて、模写をすることから始めたのでした。

最初は鉛筆書きだったものが、ちゃんとペン入れして彩色するようになり、少しずつ模写から卒業し、最終的にはオリジナルな絵が描けるようになるまで3年くらいかかったかと記憶しています。12色の色鉛筆を使い倒してどれも短くなってしまって、亡き父が40色の色鉛筆セットを買ってくれました。あの40本の感動は今でも覚えていて、余談ですがそのうち20本弱はまだ残っていて、今長女がお絵かきするのに使っています。

描き進めていくうちに水彩もやってみたり、コピックが欲しくて欲しくて、父に拙いプレゼンをして数本ずつ買ってもらいました。オタクまっしぐらであった娘に、よく投資してくれたものだと思います…。

そうして描き溜めたスケッチブックは中学3年間で14冊になっていました。もちろんもっと多い人はいるだろうけど、この14冊が今の私に繋がっているのは実感しています。最初のほうなんか見れたもんじゃなくて、黒歴史もいいところなんですけど…。捨てるに捨てられなくて実家に眠ってるんですけど…、どうしたものか…。

 

中学3年のとき、父がWindows98を購入したのが、デジタル絵のきっかけでした。

母と兄はさほど興味がなさそうでも、私はもう大好物でした。機械とカメラが好きだった父はPhotoshop5.0(だったと思う)を同時に購入していたので、それはもう飛びつきました。

紙に描いた絵をスキャンして主線がきれいに出るように画像処理して線抽出して、という流れを覚えて、レイヤーを分けてペンタブで彩色をして、色数が無限でインク切れすることがない! と感動したものでした…。

丸い背景にしたかったのにjpgで保存したら四角くなってしまって、そこではじめて透過という概念を知ったりとか、透過にしたいならgifという拡張子(当時はまだpngは一般的じゃなかった)らしいとか、gifはアニメーションが作れるらしいぞなにそれやってみたいとか、とにかくトライアンドエラーだったけど、楽しかったです。

デジタル絵が描けるようになってきたら件の小説のファンサイトを立上げ、イラストをアップするようになりました。たしか、1998年の年末だったかなと。同じ年代の方なら分かってもらえると思いますが、まさに「THE☆黒歴史」的なサイトでありまして…。イラストを透過っぽくしたくて、でもgifだと256色に落ちるのが嫌で、背景を黒で塗りつぶしたjpg画像を置いて…いたんですよ…ね…。あの頃はなぜかみんなHPといえば黒背景でしてね…。背景のないjpg画像は白く四角く浮いてしまうので、私なりの苦肉の策だったのです…。

 

絵を描くのが楽しくなってきたころ、高校で入った演劇部ですごい人に出会いました。当時3年生の先輩で、文章で説明するのが難しいのですが、顔つきが違ったんです。気迫とかハングリーさとかものの見方が別次元な人でした。今まであんな人に会ったことがなくて、生きている世界が違うと感じたのです。

それと同時に、いままで好きで憧れてきた芸術の世界で生きていく人は、ああいう人じゃないといけないんじゃないかと肌で感じてしまいました。あれほどの人がゴロゴロしていて、あれほどの人でもチャンスに恵まれなければ食べていけない、きっとそんな世界なのだと。環境がきつくても、人から痛烈な批判を受けても、それを乗り越えながらその世界で生きていくことが自分に可能なのかと自問して、ちょっとだけ抱いていた淡い想いや自分への期待は砂のように崩れてしまいました。というか、自分で崩してしまったんですよね、たぶん。それほどに自分に自信が持てなかった。

そこでその道を諦めたのかというと、そこまで考えていなかったのだけど、漠然と「たぶん無理なんだろうな」と思うようにはなったのだと思います。そう思いながら、それでも創作意欲は枯れなかったので、描くことは続けていました。人不足の演劇部では役者とスタッフを両方やっていたので、大小道具、チラシ、ポスター、看板などたくさん作った。PCも使ったけど、大きいものは手で作るので、演目の文字をマスキングして作ってレタリングとか、今ではなかなかやらないことも経験できた。

 

自分で描けるようになってからは、件の小説が連載している雑誌にイラストを描いたハガキを送って、何度か載ったことがある。あれも、嬉しかったなぁ。

黒歴史ついでに告白すると、同人も少しだけやった。おかげで紙の大きさとか質とか手差しコピーとか、一般の人よりは多少詳しい知識を収めることができたので、社会人になってからコピー機の扱いが怖くない。みんな意外と、紙のサイズとか知らないよね。本当になんでもやってみるものだ。

 

最近、本を出すことになって本屋さんに使ってもらうPOPを著者直筆で描いてほしいと言われ、15年ぶりくらいにコピックを再購入した。あの匂いと感触はあのときのままで、とてもノスタルジックを感じた。ぜんぶ、つながっているんだなぁと。

私が持っているスキルはどれも「1番になれる」ものじゃないし、運が良かっただけなんだけれど、それでも、いろいろやってきてよかったなぁ、今年はなんか死にものぐるいで頑張ったよなぁという感想の、2016年の年末。

公開日:2016/12/28

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