2014
8
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ネガコメを受けるほどの活動をしている方を全力で褒め称えたい

勢いで書いたので文体ごっちゃですみません。タイトル通りの内容ですので、つまんなそうと感じた方はそっ閉じしていただければ幸いです。


とあるメディアで活動されている方に対しての、こんなコメントを目にしました。

誰この人初めて見た。死ねばいいのに。

だめだった。完全にメンタルが風邪ひいてた。

健康だったら「あいたたー」で済ますべきものを、存分にメンタルをザワつかせてしまった。

今まで知らなかった人がたまたま目に入っただけでそりゃあんまりだ、とか、ネット上だし全く関わり合いになる可能性が無いと思ってるからそんな事言えるんだろうけど、とか、いやそんなの余計怖いでしょ身近で憎くて堪らない人にそう思うほうがなんぼか健全だよとか、そういう書き出すと非常につまらない想いでメンタルがザワついてしまった。

ネット上では些細なイラつきや若干ウザいという感情を「死ね」と表現してしまう人がいるのは分かっているつもりだ。当たり前だけど本当に死を望んでるわけではなく、むしろ大した感情を込めてもいないのかもしれない。

そもそも、この程度でザワつくようなメンタルならネットしないほうが良い。分かっているのだが、そのときはメンタルがついてきてくれなかった。(わたしがくだんの人のファンだったということもある。)

「酷いことを書くのはやめませんか><」的な恥ずかしいことを言うつもりは毛頭なく、ただこのザワついたメンタルの落とし所を探ったところ、行き着いたのがタイトルの通りです。わたしみたいなのが何様って立場ですがそれでも全力で褒め称えたい。

有名になるって、ほんとうに恐ろしく、凄いことだと思う。

知名度が上がれば上がるほど、比例して向けられる悪意は増えていく。ちょっとブログを書いているだけでも飛んでくるものなのだ。メディアに顔を出して活動している方へのものなんて、想像するだけでも血の気が引いてしまう。

何かを表現する人というのは、それまでの自分というものを全部ぶっこんだものから何かを創っていくものなんじゃないかなぁと思う。絶対に全部は入りきらないので、表現するもののテーマや媒体に沿うように、削ぎ落として、洗練させて、ひとつの作品を創るものなんじゃないかと。

出来上がったものからわたしたちに感じられるのは、ぶっこまれたものの1%くらいかもしれない。磨きぬかれた1%だからとても輝いて見えたりもするし、残りの99%が見えないから勝手な想像で好き勝手言われたりもするかもしれない。

ネガコメを受けたことのあるすべての方へ

ネガコメを受けるということは、あなたの表現しているものがそれだけたくさんの人の目に触れ、高い訴求力があるということです。誰にでも出来ることではありません。

ナイフみたいな切れ味で存在感の大きいネガコメですが、それに対しておそらく何百倍も何千倍もの好意的な閲覧者が居るはずです。

好意的な閲覧者は、あんまり発言しないかもしれません。わたしもいつもはその中のひとりです。でも、あなたのことをすごいなと思っていますし、尊敬しています。同じように思っている人もきっとたくさんいるものと信じています。

そんな世界で血の滲むような想いをしながら、いろんな競争を勝ち抜いて活動してくださるからこそ、こんな片田舎の一般人のわたしでも、あなたを目にすることができます。いつも楽しませていただいて、ときには考えるきっかけをくださって、本当にありがとうございます。

応援しています。頑張ってください!

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公開日:2014/08/31


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